東京地方裁判所 平成6年(ワ)5866号 判決 1997年6月10日
本訴原告(反訴被告)
美倉不動産株式会社
右代表者代表取締役
玉本豪
右訴訟代理人弁護士
細田良一
右訴訟復代理人弁護士
江村正之
本訴被告(反訴原告)
住友不動産株式会社
右代表者代表取締役
髙城申一郎
右訴訟代理人弁護士
遠藤英毅
同
今村健志
主文
一 本訴原告(反訴被告)と本訴被告(反訴原告)との間の別紙物件目録二記載の建物についての賃貸借契約における賃料は、平成五年四月一日以降一か月六一五万五八九七円、同年一〇月一日以降一か月五九九万五四二四円、平成七年四月一日以降一か月五〇三万二三七四円であることをそれぞれ確認する。
二 本訴原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。
三 本訴被告(反訴原告)のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを三分し、その二を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 本訴
本訴原告(反訴被告)と本訴被告(反訴原告)と間の別紙物件目録二記載の建物についての賃貸借契約における賃料は、平成五年四月一日以降一か月六五八万六八〇九円、平成七年四月一日以降一か月七〇四万七八八六円であることをそれぞれ確認する。
二 反訴
本訴原告(反訴被告)と本訴被告(反訴原告)と間の別紙物件目録二記載の建物についての賃貸借契約における賃料は、平成五年四月一日以降一か月六〇五万四七三八円、平成五年七月一日以降一か月五四一万六六六六円、同年一〇月一日以降一か月四四四万四一九二円、平成七年四月一日以降一か月三九九万九七七三円であることをそれぞれ確認する。
第二 事案の概要
本件本訴事件は、本訴原告(反訴被告、以下「原告」という。)が、原告と本訴被告(反訴原告、以下「被告」という。)との間の別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物持分」という。)についての賃貸借契約における賃料はいわゆる賃料自動増額特約に基づき、平成五年四月一日以降一か月六五八万六八〇九円(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)に、また、平成七年四月一日以降一か月七〇四万七八八六円(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)に、それぞれ増額された旨主張し、被告に対し、右増額賃料の確認を求めた事案であり、本件反訴事件は、被告が、原告と被告との間の本件建物持分についての賃貸借契約における賃料は、原告の主張する特約には効力はないので増額されず、平成五年四月一日以降一か月六〇五万四七三八円(消費税相当額を含む。)に据え置かれ、また、被告の原告に対する賃料減額の意思表示によって、平成五年七月一日以降一か月五四一万六六六六円(消費税相当額を含む。)に、同年一〇月一日以降一か月四四四万四一九二円(消費税相当額を含む。)に、平成七年四月一日以降一か月三九九万九七七三円(消費税相当額を含む。)に、それぞれ減額された旨主張し、原告に対し、右減額賃料の確認を求めた事案である。
一 争いのない事実等(証拠等を掲げた部分以外は当事者間に争いがない。)
1 原告は、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)を同目録二記載の持分で共有している。
2 (本件賃貸借契約)
原告は、被告との間で、平成元年一二月二二日、本件建物持分について、原告を賃貸人、被告を賃借人とする、次の約定による賃貸借契約を締結し(以下「本件賃貸借契約」という。)、被告に対し、平成三年三月三一日ころ、本件建物を引き渡した。
(一) 賃貸借期間 本件建物竣工時から二〇年間。但し、右期間中は、当事者双方とも解約することができない。
(二) 賃料 一か月五八七万七三八七円(なお、駐車場使用料は、一台について、一か月四万五〇〇〇円の割合で支払う。)
(三) 賃料支払方法 毎月末日限り当月分を支払う。
(四) 賃料値上げの特約(以下「本件賃料増額特約」という。)
賃料は二年経過ごとに従前賃料の七パーセントの値上げとする。
(五) 転貸借の特約 原告は、被告がその責任と負担において第三者に転貸し、賃貸用オフィスビルとして運用することを承諾する。
3 (合意賃料)
本件建物持分の平成三年四月一日における賃料は、一か月六一五万五八九七円(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)である。
4 (原告の被告に対する賃料増額の意思表示)
(一) 原告は、被告に対し、平成五年四月三〇日、同月一日以降の本件建物持分の賃料を一か月六五八万六八〇九円(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)に増額する旨の意思表示をした(意思表示の日について甲四の一、二)。
(二) 原告は、被告に対し、平成七年三月二二日、同年四月一日以降の本件建物持分の賃料を一か月七〇四万七八八六円(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)に増額する旨の意思表示をした(弁論の全趣旨)。
5 (被告の原告に対する賃料減額の意思表示)
(一) 被告は、原告に対し、平成五年四月二二日ころ、同月一日以降の本件建物持分の賃料を一か月六〇五万四七三八円(消費税相当額を含む。)に据え置く旨の、また、同年七月一日以降の本件建物持分の賃料を一か月五四一万六六六六円(消費税相当額を含む。)に減額する旨の意思表示をした。
(二) 被告は、原告に対し、平成五年九月一六日、同年一〇月一日以降の本件建物持分の賃料を一か月四四四万四一九二円(消費税相当額を含む。)に減額する旨の意思表示をした。
(三) 被告は、原告に対し、平成七年三月二日、同年四月一日以降の本件建物持分の賃料を一か月三九九万九七三三円(消費税相当額を含む。)に減額する旨の意思表示をした。
二 争点
1 本件賃料増額特約の有効性について
(被告の主張)
本件賃料増額特約のようないわゆる賃料自動増額特約は、契約締結後において経済事情の変動が生じ、近隣の賃料水準と比較し著しくかい離した不合理な結果をもたらす場合には、強行法規である借地借家法三二条との関係で、その効力を失い(事情変更の原則)、賃貸借契約の当事者は、特約に基づく賃料の増額改定を主張することは許されない(信義則)。本件賃料増額特約は、将来の賃料値上げというインフレを想定した条項であり、賃料不減額の特約ではなく、借地借家法三二条の賃料減額請求権を排除するものではない。
(原告の主張)
(一) 本件賃料増額特約は、賃貸借期間を二〇年間としたうえ、被告からだけでなく、原告からも中途解約ができないことを前提として締結された。すなわち、本件賃料増額特約は、原告が、賃料の改定期に、約定の七パーセント増額よりも有利な条件で第三者に賃貸したいと考えても、また、被告の転貸条件がいかなる場合であっても、原告は、被告に対し、賃料の値上げ率を約定の七パーセントよりも高くすることはできない約定である。
(二) 本件賃料増額特約は、被告が原告に対し、最低賃料額の支払を保証したものであって、賃料不減額の趣旨を含むものであるが、強行法規である借地借家法三二条の趣旨に反するものではなく、経済事情の変動によって不利になったからといって、被告が、本件賃料増額特約の効力を否定して、賃料の増額を請求することは許されない。
2 本件賃料増額特約の効力及び被告の賃料減額請求権の有無について
(被告の主張)
(一) 本件賃料増額特約のようないわゆる賃料自動増額特約は、継続的な賃貸借契約関係の中で、賃料が原則として上昇する傾向にあることを前提に、その上昇する賃料の改定額について紛争となることを避けるために、あらかじめ当事者間で一定の上昇率を予測し、これを規定する目的から締結されるものであり、わが国の不動産賃貸借事例では、数多く定められている一般的な特約である。しかし、このような特約は、契約締結後において経済事情の変動が生じ、近隣の賃料水準と比較し著しくかい離した不合理な結果をもたらす場合には、強行法規である借地借家法三二条との関係で、その効力を失い(事情変更の原則)、賃貸借契約の当事者は、特約に基づく賃料の増額改定を主張することは許されないこととなる(信義則)。
(二)(1) いわゆるバブル経済の崩壊によって株価や地価が急激に下落し、都心部のオフィス需要が急速に冷え込んだ結果、オフィス賃料の下落現象が急速に進行し、テナントによる継続賃料の減額請求、より安い借室への移転による空室化、新規賃料の大幅な下落など、オフィスビル市況の混乱状況が生じたことは公知の事実である。
(2) 本件建物も、このような都心部のオフィスビル市況の混乱に巻き込まれ、転貸室の顕著な空室化及び新規転貸賃料の大幅な下方修正を迫られた。
(3) このようなオフィスビル市況の激変現象は、本件賃貸借契約が締結された平成元年一二月二二日ころから本件建物が竣工し本件建物持分の賃料の支払が開始された平成三年四月一日ころにかけては、当事者双方とも全く予測しておらず、かつ予測し得ない経済変動であった。
(4) 借地借家法三二条は、賃貸借契約が長年にわたって安定的に継続することを目的に、賃料に関する経済事情の変動に対応して、賃貸人及び賃借人双方に賃料改定権を認め、当事者がいかなる約定をしようとも、約定の結果が不当に高額あるいは低額な賃料であるときは、これを相当額に修正させるものであるから、サブリース契約に基づく賃借人の転貸収益の増減や賃貸人に対する賃料保証等の経済的側面は、借地借家法三二条の不適用を認める根拠となり得ない。
(5) したがって、本件においては、借地借家法三二条に基づく賃料減額請求の要件を満たしている。
(原告の主張)
(一) 本件賃料増額特約は、二〇年間の賃貸借期間を前提として検討すべきであり、二〇年間という長期間においては、経済情勢がインフレ傾向となることも、デフレ傾向となることも、当然に予想されることと認識して、当事者双方が合意したものである。今回のバブル崩壊という経済変動は、一時的なものにすぎないのであり、本件賃料増額特約の効力を否定しなければ、公平の原則を維持できないという程度に至るまでの急激な経済変動であったとはいえない。
(二) 原告は、本件建物持分の建築資金を全額銀行からの借入れによって調達したのであるが、その返済計画や原告の事業採算は、本件賃料増額特約に基づき得られる賃料収入を前提としている。仮に、本件賃料増額特約の効力が否定され、被告の賃料減額請求が認められると、原告の右返済計画に重大な支障を来たし、原告と被告との間の公平の原則に反する。
3 次の各時点における本件建物持分の適正賃料額について
(一) 平成五年四月一日
(二) 同年七月一日
(三) 同年一〇月一日
(四) 平成七年四月一日
(原告の主張)
本件賃料増額特約に基づく一か月の賃料額(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)は次のとおりである。
(一) 平成五年四月一日
六五八万六八〇九円
(二) 平成七年四月一日
七〇四万七八八六円
(被告の主張)
本件賃料増額特約は効力がなく、借地借家法三二条に基づく被告の賃料減額請求によって本件建物持分の賃料は相当額に減額された。被告の主張する各時点の一か月の賃料額(消費税相当額を含む。)は次のとおりである。
(一) 平成五年四月一日
六〇五万四七三八円
(二) 同年七月一日
五四一万六六六六円
(三) 同年一〇月一日
四四四万四一九二円
(四) 平成七年四月一日
三九九万九七七三円
第三 争点に対する判断
一 争点1(本件賃料増額特約の有効性)について
1 前記争いのない事実等、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 原告は、不動産の賃貸等を業とする会社であるところ、東京都千代田区九段南三丁目七番二宅地661.91平方メートル(以下「本件土地」という。)のうち115.5平方メートルを、昭和四一年末ころから、地主である訴外中條通子ら(以下「中條ら」という。)から賃借して、右土地上に、木造二階建ての建物を所有していた。原告は、中條らから、昭和六二年ころ、本件土地上に賃貸用オフィスビルを共同して建築する計画を持ちかけられ、その後、原告、中條らと、不動産の賃貸等を業とする有数の会社である被告との間で、原告と中條らが建築費を負担して本件土地上に共有の賃貸用オフィスビルを建築し、被告が右賃貸用オフィスビルを一括して賃借し、テナントに転貸する旨の事業の交渉が進められた。そして、原告は、中條らとの間で、昭和六三年一一月七日、賃貸用オフィスビル(別紙物件目録一記載の建物)建築に関する合意書を締結した。
(二) 原告は、被告との間で、本件建物持分についての賃貸借契約の交渉を進め、平成元年二月、一か月の賃料を一坪当たり三万四〇〇〇円とし、賃料は二年ごとに七パーセント増額する旨の予約契約書を締結した。なお、原告は、当初、賃料は二年ごとに一〇パーセント増額する旨を強く求めていたが、最終的に、右七パーセントで合意した。
(三) 原告は、被告との間で、同年一二月二二日、本件建物持分について本件賃貸借契約を締結した。本件賃貸借契約の賃貸借契約書(甲二)には、「甲(原告のこと。以下同様。)は、末尾物件目録記載の土地(以下本土地という。)(本件土地のこと。以下同様。)に本土地の所有者である中條通子、中條建、中條澄子、中條康(以下丙という。)と共同で賃貸用のオフィスビル(以下本ビルという。)を建築のうえ丙と共に乙(被告のこと。以下同様。)に対して一括して賃貸し、乙はこれを賃借する。」(第一条第一項)、「乙は本ビルを自己の責任と負担において他に転貸し、賃貸用オフィスビルとして運用する。」(第一条第三項)、「甲が乙に一括賃貸する期間は、ビル竣工時から満二〇年間とする。」(第三条第一項本文)、「本条の賃貸借期間中は、甲・乙双方とも第一六条第一号本文以外は、中途解約はできない。」(第三条第二項)、「乙が甲から一括賃借する賃料は、月額五八七万七三八七円とする。」(第五条第一項本文)、「前条第一項の賃料は本ビル竣工時から満二年経過毎に直前賃料の七%値上げをする。」(第六条第一項)、「乙の転貸条件が、乙が甲から一括賃借する条件を増減しても甲および乙はそれを理由として、前項の値上げ率の変更を申し出ることはしない。」(第六条第二項)、「急激なインフレ、その他経済事情に激変があったときは、本条第一項の値上げ率を別途協議のうえ変更することができる。」(第六条第三項)、「乙は甲に対して総額一億七四〇六万八七四〇円也を敷金として預託する。」(第七条)、「天災地変等不可抗力によって本ビルが損壊した場合の取扱いは次のとおりとする。(1)損壊が甚大なため本ビルを取壊さなければならない時は本契約は終了する。」(第一六条第一号本文)、「本契約は、賃貸借開始以前であっても、甲・乙双方とも解約することはできない」(第一九条)等の記載があり、右各条項は本件賃貸借契約の内容となっている。
(四) 本件賃貸借契約が締結された平成元年ころにおいては、都心部のオフィスビルの賃料水準は、景気拡大や東京への一極集中化などが原因となって大幅に上昇し、オフィス需要も増大していた。このような状況において、原告と被告は、本件賃貸借契約を締結するに至る交渉の中で、賃料の値下げについて検討したことはなかった。
(五) 本件建物は、平成三年三月三一日、竣工した。
右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 そこで、本件賃料増額特約の有効性について検討する。
(一) 右1で認定した事実によれば、本件賃貸借契約は、原告及び中条ら(貸主)が建物を建築し、被告(借主)が完成した建物を二〇年間一括して借り上げて第三者に転貸するというサブリース契約であると認めることができるが、右のような内容を考慮しても、本件賃貸借契約は、賃料を対価として建物を使用収益させるという本質において、賃貸借契約として評価、解釈されるべきである。
(二) 借地借家法三二条(旧借家法七条)は強行法規であると解されるところ、本件賃料増額特約は、前記のとおり、賃料は二年経過ごとに従前賃料の七パーセントの値上げとするというものであって、その文言からは、本件賃貸借契約においては賃料の減額はしない旨合意したものと解する余地がないではないが、賃貸借契約書(甲二)には最低賃料額を保証する旨の明示の条項はなく、右1で認定した事実によれば、本件賃貸借契約が締結された当時は、オフィスビルの賃料水準は大幅に上昇していた状況にあって、原告と被告は、交渉の中で、賃料の値下げについて検討したことはなかったことが認められるから、本件賃料増額特約はいわゆる賃料不減額特約に当たらず、したがって、借地借家法三二条(旧借家法七条)に違反し無効であるということはできない。
(三) しかし、右説示したとおり、サブリース契約も賃貸借契約として評価、解釈されるべきであるから、借地借家法の適用を受けることは当然であって、本件のようないわゆる賃料自動増額特約は、一定の合理性のある合意であるにしても、その存在にかかわらず、賃料の減額を相当とする要件があるときには、借地借家法三二条に基づき、賃借人において賃料減額請求権を行使することができるほか、借地借家法三二条の趣旨に鑑みると、契約締結後の経済事情に契約締結時において当事者が予測し得なかった著しい変動があるなどして、契約締結の前提となる事実を欠き、賃料自動増額特約をそのまま適用することが著しく不合理な結果となる場合には、事情変更の原則によって、賃料自動増額特約は効力を有しないことがあると解するのが相当である(右の点について、最高裁昭和四三年(オ)第四三九号昭和四四年九月二五日第一小法廷判決・判例時報五七四号三一頁参照。)。
二 争点2(本件賃料増額特約の効力及び被告の賃料減額請求権の有無)について
1 前記争いのない事実等、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件建物は、鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付八階建てで、延べ面積3836.10平方メートルの建物であって、平成三年三月三一日竣工された。本件建物の一階ないし八階は事務所として、地下一階は駐車場としてそれぞれ使用される構造となっている。
(二) 本件建物は、東京都千代田区九段南の靖国通り沿いに所在し、その近隣地域は高層オフィスビルが連なる準高度の商業地域である。
(三) 原告は、中条らから、昭和六二年ころ、本件土地上に賃貸用オフィスビルを共同して建築する計画を持ちかけられ、その後、原告、中條らと被告との間で、原告と中條らが建築費を負担して本件土地上に共有の賃貸用オフィスビルを建築し、被告が右賃貸用オフィスビルを一括して賃借し、テナントに転貸する旨の事業の交渉が進められた。そして、原告は、中條らとの間で、昭和六三年一一月七日、賃貸用オフィスビル(本件建物)建築に関する合意書を締結し、また、原告は、被告との間で、平成元年一二月二二日、本件建物持分について本件賃貸借契約を締結した。
(四) 原告と被告は、平成元年一二月二二日、本件賃貸借契約において、敷金は一億七四〇六万八七四〇円、賃料は、ビル竣工時から、一か月五八七万八三八七円(一坪当たり三万四〇〇〇円)、二年経過ごとに従前賃料の七パーセントの値上げとする(本件賃料増額特約)と合意した。また、原告と被告は、本件賃貸借契約において、被告は、その責任と負担において、本件建物を賃貸用オフィスビルとして転貸し、被告の転貸条件の変更によって値上げ率の変更を申し出ることはしない旨合意した。
(五) 本件賃貸借契約が締結された平成元年ころにおいては、急激に高騰した地価に下落の傾向が見られていたものの、都心部のオフィスビルの賃料水準は大幅に上昇し、オフィス需要も増大していた。このような状況において、原告と被告は、本件賃貸借契約締結に至る交渉の中で、賃料の値下げについて検討したことはなかった。
(六) 被告が、本件建物を転貸して得た賃料収入は、平成三年度は、四億八五八八万円、平成四年度は、四億八五八八万円であったが、平成五年度は、一億三〇二六万二〇〇〇円、平成六年度は、二億三七八一万八〇〇〇円、平成七年度は、二億〇三五八万八〇〇〇円となった。被告が本件建物を転貸していたテナントは、平成五年四月の時点では全室入居していたが、その後、テナントは賃料の低い他のオフィスビルに移転して、同年六月の時点では全室空室となった。その後、被告は、テナントに対する転貸賃料の水準を一か月坪当たり二万五〇〇〇円として、テナントを確保したが、本件建物の三階については平成六年三月まで、本件建物の一、二階については平成七年二月まで空室が続いた。被告は、原告に対し、平成五年四月二二日ころ、本件建物持分の賃料の据置き及び値下げを、同年九月一六日の調停期日に、本件建物持分の賃料の値下げを、平成七年三月二日の本件口頭弁論期日に、本件建物持分の賃料の値下げをそれぞれ通知し、平成五年四月から同年六月まで、一か月六一五万五八九七円(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)の割合の金員を、同年七月から同年九月まで、一か月五五一万七八二五円(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)の割合の金員を、同年一〇月から平成七年三月まで、一か月四五四万五三五一円(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)の割合の金員を、同年四月一日から四一〇万〇九三二円(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)の割合の金員をそれぞれ支払った(ただし、うち一〇万一一五九円は、駐車場使用料及びこれに対する消費税相当額である。)。
(七) 本件建物の固定資産税額は、平成三年一月一日、一六七〇万五一三一円、平成五年一月一日、一九四八万〇二一一円、平成七年一月一日、二一五三万四四七四円であって、平成三年を基準とすると、平成五年は約一七パーセントの、平成七年は約二九パーセントの上昇となっているほか、東京都区部の消費者物価指数なども、この間、上昇しているものの、千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区における実質賃料は、一坪当たり、平成三年、五万七一七四円、平成五年、五万一一一九円、平成七年、二万九四八〇円、平成八年六月、二万〇三七九円であって(いずれも株式会社生駒データサービスシステムのデータによる)、平成五年以降、顕著な下落を示しているなど、いわゆるバブルの崩壊とともに株価や地価が急激に下落し、平成四年以降、賃貸用オフィスビルの賃料水準が急激に下落して、オフィスビルの空室化や賃借人からの賃料減額請求が多くなり、また、一定の期間賃料を免除したいわゆるフリーレント方式が採用されるようになってきた。
(八) 右(六)の被告の原告への支払賃料を前提とする、被告の損益は、平成四年三月期で三七〇九万七〇〇〇円、平成五年三月期で三七〇九万七〇〇〇円、平成六年三月期でマイナス三六三〇万五〇〇〇円、平成七年三月期でマイナス四九七万円、平成八年三月期でマイナス一二二二万七〇〇〇円であり、本件鑑定(第一、第二回)の結果による賃料を前提とする。被告の損益は、平成四年三月期で三七〇九万七〇〇〇円、平成五年三月期で三七〇九万七〇〇〇円、平成六年三月期でマイナス四六五四万五〇〇〇円、平成七年三月期でマイナス二一七三万三〇〇〇円、平成八年三月期でマイナス一八〇二万八〇〇〇円である。
(九) 本件建物の周辺の賃貸用オフィスビルの賃料相場は、平成八年ころは、一か月、一坪当たり約二万円であった。
右認定を覆すに足りる証拠はない。
なお、原告は、本件建物持分の建築資金を全額銀行からの借入れによって調達したものであるが、その返済計画や原告の事業採算は、本件賃料増額特約に基づき得られる賃料収入を前提としている旨主張するが、本件においては、被告の立証<省略>に対する具体的な立証はない。
2 そこでまず、本件賃料増額特約の効力について検討する。
前記説示したとおり、本件のような賃料自動増額特約は、継続的な契約関係である賃貸借契約においては、一定の合理性のある合意ではあるが、借地借家法三二条の趣旨に鑑みると、契約締結後の経済事情に契約締結時において当事者が予測し得なかった著しい変動があるなどして、契約締結の前提となる事実を欠き、賃料自動増額特約をそのまま適用することが著しく不合理な結果となる場合には、事情変更の原則によって、賃料自動増額特約は効力を有しないことがあると解するのが相当である。本件においては、右1で認定したとおり、本件賃料増額特約が合意されたのは、平成元年一二月のことであって、急激に高騰した地価に下落の傾向が見られていたものの、オフィスビルの賃料水準は大幅に上昇する傾向を示していて、原告と被告との間で、いわゆるバブル経済が崩壊し、平成四年以降、賃貸用オフィスビルの賃料水準の急激な下落が続くことを予測して、本件賃料増額特約を合意したとまで認めることはできない。また、被告は、前記のとおり、不動産の賃貸等を業とする有数の会社であるが、本件賃貸借契約を締結した時点においては、右のような経済事情を予測し得なかったものといわざるを得ない。そして、右1で認定した経済事情の変動に、本件鑑定の結果(第一、第二回)をも考慮すると、本件においては契約締結の前提となる事実を欠き、本件賃貸借契約において定められた賃料改定期である平成五年四月一日及び平成七年四月一日の各時点において、本件賃料増額特約をそのまま適用し、本件賃貸借契約における賃料を原告の主張するとおり、平成五年四月一日以降六五八万六八〇九円(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)と、また、平成七年四月一日以降七〇四万七八八五円(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)と増額することは、経済事情の著しい変動等に照らし、著しく不合理な結果になると評価せざるをえないから、右各時点において本件賃料増額特約は効力がない。
そうすると、本件賃料増額特約に基づく原告の賃料増額の請求は理由がない。
3 次に、被告の賃料減額請求権について検討する。
前記説示したとおり、本件のようないわゆる賃料自動増額特約の存在にかかわらず、賃料の減額を相当とする要件があるときには、借地借家法三二条に基づき、賃借人において賃料減額請求権を行使することができると解するのが相当である。
被告の原告に対する平成五年四月二二日ころの賃料据置き及び賃料減額の意思表示のうち、同年七月一日以降の本件建物持分の賃料を一か月五四一万六六六六円に減額する旨求める部分については、賃料減額の意思表示であると解されるところ、右2で説示したとおり、平成五年四月一日の時点における本件賃料増額特約は効力がないことに加え、本件鑑定の結果(第一回)を考慮すると、右賃料減額の意思表示には、賃料の減額を相当とする要件があるということはできない。しかし、右1で認定した事実等に照らすと、被告の原告に対する平成五年一〇月一日以降の本件建物持分の賃料減額の意思表示及び平成七年四月一日以降の本件建物持分の賃料減額の意思表示については、賃料の減額を相当とする要件があると認めることができる。
三 争点3(本件建物持分の適正賃料額)について
1 これまで説示したとおり、本件賃料増額特約は、原告の主張する各時点において効力がなく、被告の原告に対する平成五年七月一日以降の賃料減額の意思表示には減額を相当とする要件がないから、本件建物持分の賃料は、平成五年四月一日以降一か月六一五万五八九七円(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)となる。
2 そこで、平成五年一〇月一日及び平成七年四月一日の各時点における本件建物持分の適正賃料額について検討する(なお、被告の主張する賃料の額は駐車場使用料の額を除いた金額であるが、その性質上、被告の賃料減額の意思表示は当然に駐車場部分をも含んだものと解することができる。)。
(一)(1) 本件鑑定(第一回)は、継続中の本件賃貸借契約に基づく平成五年四月一日及び同年七月一日の各時点における継続支払賃料を求めるもので、鑑定評価基準の四手法のうち、差額配分法及びスライド法を採用して鑑定評価額を求めたものである。そして、賃貸事例を比較して、基準階(四階)の比準賃料を一平方メートル当たり一万〇三〇〇円と求め、差額配分法による試算賃料を六三一万二五二〇円と算定し、千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区における実質賃料の推移、東京における賃料の推移、本件対象不動産の固定資産税額の推移など八指標を総合的に勘案して変動率を求め、現行実際実質賃料に変動率を乗じて、スライド法による試算賃料を六八一万九一〇二円と算定し、これらの試算賃料に、本件の諸事情を総合的に考慮して、平成五年七月一日の時点における支払賃料(鑑定評価額)を五九七万六六〇〇円と算定し、更に、同年四月一日に時点における支払賃料(鑑定評価額)を五九七万六六〇〇円と算定した。
(2) 本件鑑定(第二回)は、継続中の本件賃貸借契約に基づく平成五年一〇月一日及び平成七年四月一日の各時点における継続支払賃料を求めるもので、第一回の鑑定評価額を前提とし、鑑定評価基準の四手法のうち、差額配分法及びスライド法を採用して鑑定評価額を求めたものである。そして、賃貸事例を比較して、基準階(四階)の比準賃料を一平方メートル当たり五六八〇円と求め、差額配分法による試算賃料を四九六万五二八三円と算定し、千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区における実質賃料の推移、東京における賃料の推移、本件対象不動産の固定資産税額の推移など八指標を総合的に勘案して変動率を求め、実質賃料に変動率を乗じて、スライド法による試算賃料を五九六万六六八八円と算定し、これらの試算賃料に、本件の諸事情を総合的に考慮して、平成七年四月一日の時点における支払賃料(鑑定評価額)を四八八万五八〇〇円と算定し、更に、平成五年一〇月一日に時点における支払賃料(鑑定評価額)を五八二万〇八〇〇円と算定した。
(二) そこで検討すると、本件鑑定(第一、第二回)は、採用された基礎数値や評価手法等について格別不合理、不相当な点は認められないから、本件建物持分の適正賃料(駐車場使用料を含む。)は、平成五年一〇月一日の時点で五八二万〇八〇〇円、平成七年四月一日の時点で四八八万五八〇〇円と認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
なお、本件鑑定(第一、第二回)が、本件賃料増額特約の存在を含む本件の諸事情を総合的に考慮している点について付言すると、本件賃貸借契約はサブリース契約であって、裁判所は、原告と被告は本件賃料増額特約を含む各約定を合意して本件賃貸借契約を締結している事実をも考慮して、本件建物持分の適正賃料を認定することができるというべきところ、本件鑑定(第一、第二回)は、算定した試算賃料の範囲内で、本件の諸事情を考慮しており、その考慮の方法や程度において不合理な点はない。
3 まとめ
以上のとおりであって、本件建物持分の賃料(駐車場使用料及び消費税相当額を含む。)は、次のとおりである。
(一) 平成五年四月一日以降一か月六一五万五八九七円
(二) 同年一〇月一日以降一か月五九九万五四二四円
(582万0800円×1.03=599万5424円)
(三) 平成七年四月一日以降一か月五〇三万二三七四円
(488万5800円×1.03=503万2374円)
第四 結論
よって、原告の請求をいずれも棄却し、右賃料額と異なる被告のその余の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官小池一利)
別紙物件目録<省略>